所長の一言 令和元年5月

前号で、飛騨地方が天皇家と関わりのある土地柄ではないかと触れましたが、今回は日本書紀にもその記述が見られる『両面宿儺』を交えてご紹介してみたいと思います。

 

日本書紀において、仁徳天皇御代65年(西暦では378年?)、飛騨国の宿儺を勇将 武振熊(たけふるくま)を遣わして討伐したと記されています。ここでいう宿儺とは、あの有名な両面宿儺のことをいい、日本書紀の中では、『皇命に従わず、人民を略奪することを楽しむ逆賊』とされています。

一方、飛騨地方においては、両面宿儺は信仰の対象にもされるほど民衆に慕われた人物で、逆賊扱いされている文献は見られないそうです。大和朝廷が勢力拡大を行おうと各地に進出した際、抵抗した部族の長であったため、日本書紀では逆賊という扱いにされているのではないかといわれています。

『堕落論』で有名な文豪 坂口安吾が、<飛騨・高山の抹殺―中部の巻―>において、両面宿儺は英雄 ヤマトタケルと、その兄という二人が重なり合った人物像だったのではないかと考察しています。ヤマトタケルは、伊吹山で怪我を負って亡くなってしまったのではなく、実は生きていて、兄と飛騨地方を治めたという坂口安吾の考え方はロマンがあります。

<飛騨・高山の抹殺>は、「飛騨は日本の古代史では重大きわまる土地であります。」という書きだしから始まり、一般的にいわれている日本の興りの歴史とは、また違ったストーリーが見られます(文中にはその根拠も書かれています)。私は、飛騨地方出身者ですので、ひいき目で見てしましますが、坂口安吾以外にも、飛騨地方にまつわる色々な説や考え方があり、本当に興味深い地域であるとワクワクさせられます。これらの当地に関する文献などを読みすすめ、飛騨地方の過去の歴史に思いを馳せたいと感じる、今日この頃です。

参考文献:坂口安吾「坂口安吾全集 11」筑摩書房 1998年10月

     山本喜男「位山匠の道とヒダの古代」大進社 1997年7月

      岐阜県大野郡久々野町「史跡と史話」久々野町役場 1987年2月

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